2010年10月30日土曜日

「流動性選好」:「現世救済財」としての「貨幣」

小野 善康
「不況のメカニズム ケインズ『一般理論』から新たな『不況動学』へ」
中公新書

を読了。


・供給不況:供給側の理由による不況。
・需要不況:需要不足による不況。
・実質賃金=貨幣賃金/物価
・セイの法則=「供給は自らの需要を生み出す」
・「豊富の中の貧困」:高い生産力を持つ豊かな社会ほど、資本蓄積が十分なため有利な投資機会が少なく、投資が起きにくくなる。その結果、投資が減り、需要不足によって非自発的失業が増加し、消費や投資がさらに減るという悪循環が起きる。
・実質貨幣量=名目貨幣量/物価水準
・自己利子率=収益率―持越費用+流動性プレミアム
・流動性プレミアム:「いつでも自由に使えるという能力が生む便利さや安心のために、人々が支払ってよいと思う金額」
・「節約という道徳は経済を富ませず、逆に貧しくする」
・公共事業の意義:根拠のない需要の波及効果ではなく、打ち捨てられていた貴重な労働資源を少しでも役に立つ生産に向けること。その価値は、その生産によって生まれた価値によって判断されなければならない。
・「不況動学」の考え方:流動性選好によって、消費も投資も減り、総需要が不足し、所得を引き下げる。
・バブル:特定の資産の流動性が高まり、貨幣の一種として購買力を吸いこむようになること。
・景気後退:危険情報の累積による不安拡大と危険な状態にいるとの確信成立により、流動性選好=貨幣への執着が高まり、消費や投資が減少する。
・景気回復:新たな危険情報が途切れ、不安が取り除かれ、安全な状態にいるとの確信成立により、流動性選好=貨幣への執着が弱まり、消費や投資が増加する。
・景気循環:アメリカ株価の値動きは約35年周期。これは経済活動に関する世代交代によるもの?
・現代日本の政治問題:「国民全体の利益」が眼中になく、あらゆる人々が「他の人はどうでもいいからとにかく俺にカネをよこせ」としか言わないこと。
・「神の見えざる手」が政策的な是正なしに自動的に働くのは、「完全雇用」が達成されている「好況の最盛期」だけ。
・不況期には、非自発的失業があるため「合成の誤謬」が成立し、市場原理に基づく自己利益の追求だけでは、経済全体の効率は下がる。


 マクロ経済系の本を読むようになってしばらく経つが、「乗数効果」も「インフレ・ターゲット」も否定する立場のマクロ経済政策提言というのは珍しい(笑)
 ただ、理論は非常に面白いが、政策提言というには具体性に乏しいというのが難点。
(公共事業を条件付きで認めるというのは良いが、具体的にどういうものをどういう風にという提言が全くない上、金融政策についてもこれといった代案を提出していない)
 個人的には、

景気変動の原因の一つ:「資本蓄積による生産力の向上がもたらす有利な投資機会の減少」という「社会の進歩そのもの」
バブル:とある資産の流動性が高まり、購買力を吸いこむようになること。
デフレ:不安拡大により貨幣の流動性が高まり、購買力を吸いこむようになること。 

という指摘が非常に興味深かった。
 仮に、「流動性選好」というのが、「不安を解消し、安心を獲得するための行動指針」だとするならば、これは「経済的心理」というよりは、「呪術的心理」と考える方が納得しやすい。
 そうなると、「来世の安心」を確保するために様々な「救済財」を獲得しようとするのが「宗教的エートス」であり、「現世の安心」を確保するために「流動性の高い資産」を獲得しようとするのが「経済的エートス」ということになり、ウェーバーが推測していたよりも、両者は隣接していることになるのかもしれない。
 その意味では、最近流行り出している「行動経済学」なんかの知見も、ミクロレベルだけでなく、マクロに適応した場合、どのようなことになるのだろうか?


◎参考文献抜粋

小野善康「貨幣経済学の動学理論」東京大学出版会
林敏彦「大恐慌のアメリカ」岩波新書
ベナシー「マクロ経済学―非ワルラス・アプローチ入門」多賀出版

 

2010年10月23日土曜日

ビジネスとしての人道援助

伊勢崎 賢治
「武装解除 紛争屋が見た世界」
講談社現代新書

を読了。

・ソール・アレンスキーの理論:「共通の問題を顕在化させる」
・ROE(Rule of Engagement):交戦の際の行動基準。
・後方支援:戦闘部隊の支援。戦略上必要なサービス。
・シエラレオネ:復讐する気力も失わせる絶望による和解。
・和解:戦争犯罪を裁く能力がなく、和解は金になりやすいが故に、和解という看板を立てる。
・Busha Rank(ジャングルの階級):民兵組織の指揮命令系統。戦場での勇敢さなどから極めて主観的に任命される「誰でも将軍」。
・「力の空白」:武装解除が行われた直後、対象地域の軍事量の一つがなくなることで、敵対関係にある近隣他地域の武装勢力の襲撃やその地域の犯罪の増加などが起こること。
・人道援助:「戦争利権」の一つ。
・民主主義:「強者の宗教」。

 軍事力がなければ、治安維持すらままならない。
 資金がなければ、武装解除どころかまともな事業一つ実行できない。
 にもかかわらず、戦争犯罪を裁く特殊法廷や軍事犯罪者を収監する刑務所には金が集まらず、紛争が収まらず住民が帰宅できない地域に、小学校だけが出来上がってしまう。
 一度のテロだけでその首謀者を庇う国家に戦争を仕掛けたとある国が、内戦で何万人も殺させる原因を作った男を副大統領に任命するよう外圧を掛ける。
 
  何というか、紛争地のシビアな現実というものはこういうものなのだろう。

2010年10月16日土曜日

後始末の大変さ

東 大作
「平和構築―アフガン、東ティモールの現場から」
岩波新書

を読了。

・Peace Enforcement:「平和執行」。軍隊が強制的に介入し、紛争を終結させようとする武力行使。
・Peace Making:「和平調停」。紛争を停止させ、和平条約の調印を促し、国家再建につなげるための交渉や調停。
・Peace Keeping:「平和維持」。紛争停止・和平条約調印後、治安維持のための軍隊・警察派遣。
・Peace Building:「平和構築」。紛争後の地域における統治機構の再建支援、紛争再発防止、平和定着化。

という分類は非常に参考になった。

 「平和執行」や「和平調停」なんかはニュースでも扱われることが多いが、「平和維持」や「平和構築」なんかはほとんど聞かないので、この手の分野は日本では度外視されているのだろう。

 また、実際の平和構築の過程で、公正な外部アクターが居たほうが有利だとか、再建される統治機構の「正当性」(Legitimacy)が治安や経済情勢に左右されるだとか、考えてみれば当たり前のことだが、興味深かった。

 そういう意味では、よくDDRと言われる

・Disarmament:「武装解除」。
・Demobilization:「動員解除」。
・Reintegration:「社会復帰」。

軍事的要因の除去だけでは解決できないやっかいな問題なのだろう。

2010年10月9日土曜日

システム未満ー未完成の心

岡野 憲一郎
「心のマルチ・ネットワーク 脳と心の多重理論」
講談社現代新書

を読了。

心を説明する理論は多々あるが、

「複数のネットワークの集合体」

というメタ理論として提示するのは面白い試みだと思う。

特に重要なのが、

・中心が存在しない
・ネットワーク同士の関係は常に変動する
・個々のネットワークの振る舞いは、その構成単位の相互作用から創発する

という観点だろう。

私なりに要約すると、

「心はシステムではない」

ということになり、仏教でいう「無我」に近い。

また、ネットワーク同士の性質として、

「一つのネットワークの興奮は、それとは無関係なネットワークの興奮をむしろ抑制する傾向にある」

というものは、示唆的だ。

この仮説を飛躍させると、

「観(ヴィパッサナー)による自己観察ネットワーク構築による自己破壊的衝動ネットワークの抑制」

を基盤とし、

「自己観察ネットワークの拡大による各ネットワークの統合」=「涅槃」

ということになるかも。

2010年10月3日日曜日

道楽としての「楽問」

小山慶太
「知的熟年ライフの作り方」
講談社現代新書

を読了。

楽問=道楽・娯楽としての学問

という造語は秀逸。

また、

知的熟年ライフの三本柱
・テーマを見つける
・仲間をつくる
・発表の場を工夫する

というまとめも非常に納得がいった。